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連続する刹那の断片

NHK100分de名著「正法眼蔵」(ひろさちや著)が超おすすめ!

曹洞宗開祖の道元の主著「正法眼蔵」

正法眼蔵に関する本はいくつか読んできましたが(原本は難解すぎて意味不明で挫折)、この本が一番ストンと心に落ちた本です。原文に触れている部分は少なく、また当然著者による解釈も一部加わっているのですが、とにかくわかりやすく、自分の中に入ってきました。

ひろさちやさんの「100分de名著 正法眼蔵」侮るなかれ!超おススメです。

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道元『正法眼蔵』 2016年11月 (100分 de 名著)

道元『正法眼蔵』 2016年11月 (100分 de 名著)

 

 

【一切衆生 悉有仏性」の天台宗の伝統的な解釈】

一切の衆生(命あるもの)が、ことごとく仏性を有している。

 

【「一切衆生 悉有仏性」の道元の解釈】

一切は衆生なり 悉有が仏性なり

全存在(生き物だけでなく山も川も、草も木も無生物も含む全存在・全世界・全宇宙)一切は衆生なり。

すべての存在、全世界は仏性なのだ。

すべての存在は仏性である=仏の世界の中にいる。そのなかで迷い、悟り、生れ、死んでいく、という考え方だそうです。

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(以下、P71より引用)

いはゆる有事は、時すでにこれ有なり、有はみな時なり

道元は、時間というものは「現在」という意味なのだと言っているのです。わたしたちはたいてい、時間というものは「過去→現在→未来」へと流れていくものだと考えています。しかし、道元は、そうではない。「現在・現在・現在・・・」なのだと言っているのです。

この考え方では、「現在1」には「自己1」が、「現在2」には「自己2」、「現在3」には「自己3」が対応します。過去について思い悩むのは、たとえば「自己1」を「現在2」と対応させようとするようなもので、それは仏法を知らない凡夫の考え方だ、ということです。(中略)つまり、ことごとくすべての存在が「いま現在」なのです。

 

(以下、P73より引用)

道元は言います。「仏性は生きているあいだだけあって、死ねばなくなると思うのは、まったくの認識不足である。」

生きているという状態も仏性であり、死んでいるという状態も仏性です。

「生のときも有仏性なり、無仏性なり。死の時も有仏性なり、無仏性なり」。

そしてこう述べます。

仏性は動不動によりて在不在し、識不識によりて神不神なり、知不知に性不性なるべきと邪執せるは、外道なり。

要するに、人間が認識できるか否かによって仏性が仏性であったりなかったりするといった考えに固執するのは、外道のすることだ、というのです。

認識主体がいる・いないにかかわらず、あるいは認識主体が人間である・なしにかかわらず、仏性は仏性であり続けるのです。

「悉有仏性」の解釈のとおり、道元によれば、悉有(全宇宙)が仏性なのです。仏性イコール大宇宙。だとすれば、わたしたちは仏性の中で生まれ、老い、死んでいくのです。ですから、生も仏性、死も仏性です。仏性とはそういうものなのです。

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「自力」と「他力」の考え方について触れた部分もあり、「そういうことだったのか!」と自分の中でモヤモヤしていたものが晴れた気がしています。

 

少しでも興味のある方は読んでみることを強くお勧めします!!

 

ちなみに正法眼蔵に関しては下記も併せてお勧めしたい良書です。

[新訳]正法眼蔵  迷いのなかに悟りがあり、悟りのなかに迷いがある

[新訳]正法眼蔵 迷いのなかに悟りがあり、悟りのなかに迷いがある

 

 

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